進学塾イズム ism

 

スペシャルインタビュー 寺田 光輝さん(医学部受験に挑戦する元プロ野球選手)

カリスマではない、ひとりひとりに寄り添える。 そんな医師になりたい。みんな「スゴイ」。

「元プロ野球選手」

そんな肩書など微塵も感じさせることなく、日々高校生や受験生の悩みに真剣に向き合う。今年の2月から進学塾ISMのスタッフとして勤務しながら、医学部受験に挑戦する寺田光輝さん。彼の目に映る過去・現在、そして未来とはどういうものなのか。

 

 

自分には見えない可能性がある。その存在にISMの子どもたちに気づいてもらいたい。

野球の道を志すものならば誰もが憧れるプロ野球選手。どのような道をたどってその栄光にたどり着いたのですか?

僕は野球エリートなどとは程遠い単なる普通の野球小僧でした。小学3年生から野球を始めたのですが、中学2年生の時に肘を壊し、それからはベンチを温め続けました。高校は伊勢高校に進学しましたが、野球部ではレギュラーではありませんでした。その後、三重大学に進学しましたが、本気で野球をやってみたいという思いが大きくなり、入学3ヶ月後に休学をして1年の浪人生活の後、筑波大学に再入学しました。しかし、120人いる部員の中で、そこでも日の目を見ることはありませんでした。

               

 

普通ならそこで野球をあきらめてしまいそうなものですが、そうならなかったのはどうしてですか?

 

理由は2つあります。1つ目は高校時代の最後の夏の大会でのことです。菰野高校との試合で僕がリリーフに登板し、一気に7点を取られてチームの夏は終わりました。その時、打たれて悔しいということよりもチームの皆に対する自責の念が半端なく大きくて、「このままでは終われない。皆のために野球を続けたい。」そういう感情がこみ上げてきました。その思いが挫けそうな自分を支えてくれたのだと思います。2つ目は大学時代のコーチの言葉です。大学4年のシーズンが終わって野球をあきらめかけていたときに、筑波大学野球部のコーチから「お前は大学入試の実技試験の時、一人だけ目の色が違っていた。その野球への情熱はこの4年間で全く変わっていないと思う。だからこんなところで野球をあきらめるな。」と言われました。その言葉で自分には見えていない可能性の存在に気づかされました。

 

僕は今、ISMのスタッフとして日々高校生と接していますが、成績が思うように伸びなくて苦しんでいる子どもたちに僕の経験が参考になればいいと思っています。少しでも頑張る子どもたちの支えになれれば、彼らが「見えない可能性の存在」に気づく助けになれればという思いで日々彼らと向き合っています。

 

生き残るための変化。そして、それを恐れない勇気。

 

その後、地元企業の内定を辞退して、コーチのすすめどおりに野球を続けるために独立リーグに進むわけですね。

 

はい。石川県の金沢にある石川ミリオンスターズに入団しました。そこでも僕の目標は達成されたわけではなく、あくまでプロになるための通過点でした。「そのためには何でもやろう。」と心に誓い、思い切って投球フォームをサイドスローに変えました。一野球選手としては、格好のいいフォームで速い球を放りたいという欲望はあります。しかし、僕は野球選手として身体は小さいし、センスもありません。そんな僕がこの世界で生き残るためには、プロになるためには、自分を変えるしかありませんでした。もちろん変えて良くなるかどうかは分かりません。それでも勇気をもって進むしかありません。必死でした。やらずに後悔をしたくなかったからです。

 

ISMで受験生の相談を受けていて少し気になるのは、皆自分の弱点ばかりに目がいき過ぎているのではないかということです。誰にでも弱点はありますが、逆にいえばそれ以外は武器にできるかもしれません。その武器を伸ばすという考えも大切だと思います。視野を少し広く持って、いつもの方法に変化をつけることも必要だと思います。最後に笑えばいいのですから。

 

絶望できた。だからこそ、次に進める。

地域リーグでの活躍が認められ、ついにプロ野球という場所にたどり着くわけですが、その後のプロでの生活はどのようなものでしたか?

はっきり言って過酷でした。覚悟はしていたつもりでしたが、そのレベルの高さは想像を絶するものでした。無理をしたせいで身体の故障も相次ぎました。それでも生き残るためにフォームをアンダースローに変えたりと色々と努力はしましたが、やはり駄目でした。球団から戦力外の通告を受けて、僕は野球人生に終止符を打つことを決めました。あれだけ大好きだった、あれだけ必死にやってきた野球に絶望した瞬間でした。でも、絶望できてよかったと思います。あきらめるのではなく、絶望できたからこそ次に進むことができたのだと思います。
 だからこそISMの子どもたちにも夢を途中であきらめてほしくないと思っています。夢はいつも叶うとは限りませんが、必死になってやり切った先には次に続く何かが必ず見えると、僕は思います。

 

ISMは、ひとりひとりを大切にする塾。生徒だった時も、今もそれは変わっていません。

最後に、寺田さんは第二の人生への出発点としてISMで勤務しながらの医学部受験を選択したのですが、その選択の理由を聞かせてください。

まず、僕にとって医学の道というのは大学生の頃から考えてきた生き方なので、野球人生に終止符を打つ上で次は医師を目指すというのは自然な選択でした。一方で、多くの方々から第二の人生に向けての様々なお声がけをいただきました。その中で僕がISMでの出発を決めた理由は、先生からの情熱のある応援のお言葉はもちろん、何よりも僕が中学・高校時代に通っていた頃のISMと何ら変わることのない現在のISMがあると感じたからです。僕にとってISMは、子どもたちひとりひとりを一人の人間としてリスペクトし、大切にする塾でした。そして、その文化が今でも色あせず続いていると感じました。そういう環境に身をおいて、将来僕もカリスマではなく、ひとりひとりに寄り添える医師になりたいと思っています。

 

                

今日はどうもありがとうございました。寺田さんの夢は私たちISMの夢でもあります。ぜひ夢を実現しましょう。私たちも最大限の応援をしていきます。そして、子どもたちの夢の発見、夢の実現にも力を貸してください。これからもよろしくお願いします。

 

 

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