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スペシャルインタビュー第2弾 寺田 光輝さん(医学部受験に挑戦する元プロ野球選手)

本気で夢を発見したい人、本気で夢を実現しようとする人、その本気の挑戦を応援したい。

2019年の秋、進学塾ISMの中学部に通う妹の保護者懇談会で、中学時代の師弟は久々の再会を果たす。師である松島は、かつての教え子の突然の登場によろこぶ間もなく、「プロ野球引退」と「医学部再受験」いう二つの衝撃的な事実を告げられる。その出会いがきっかけで再び始まった進学塾ISMとの縁。
あれから1年、進学塾ISMのスタッフとして勤務しながら医学部受験の準備を進めてきた寺田光輝さん。今、彼は何を感じ、何を思うのか。

 

 

自分にできること。自分にしかできないこと。その大切さをISMで教わってきました。

寺田 あの時は突然の訪問を失礼いたしました。僕としては、ドラフトでプロ野球の指名を受けた時に報告させていただいたので、プロ生活を終えるときにもきちんとご挨拶するべきだと思って訪問させていただきました。ただ、あまりにも突然の報告で少し驚かせてしまいました。

 

松島 正直、あまりにも衝撃的な登場と衝撃的な内容の報告に驚きました。でも、私に医学部再受験を伝えてくれた時の寺田君の目が3年前にプロ野球への挑戦を報告してくれた時と全く同じ目だったので、その挑戦に微塵の不安も感じませんでした。むしろその挑戦をISMで応援したいという気持ちと、新しい挑戦をしている姿をISMの子どもたちに見せてあげてほしいという思いがこみ上げてきました。

 

寺田 ありがとうございます。日本で元プロ野球選手が医師になった前例がないため、世間では僕の挑戦を無謀な事のように言われます。その中で松島先生に信じていただいたことは僕にとって本当に力になりました。同時に僕の挑戦がISMに通う子どもたちに必ず良い影響を与えるとおっしゃっていただいたことは本当にうれしかったです。これまでずっと野球しかしてこなかった僕に、「僕だからこそ人のためにできることがある。」ということを気づかせていただきました。
思い返せば、ISMではいつも「自分にできること、自分にしかできないこと」を大切にするように教わってきました。あの頃と変わらないご指導に心から感謝しています。

 

 

できたことに対する正当な評価が必要。それがあれば、自分で考え、自分で動き出せる。

松島 ISMで新しい挑戦を始めて1年ほどが経ちました。この1年間仕事をしながら受験勉強をするという生活をしてきて大変なことも多かったと思います。また、コロナ禍という未曾有の事態に見舞われて、寺田君のみならず子どもたちの生活にも大きな影響が及んだと思います。これまでのご自身の受験生活や子どもたちの様子をどのように感じていますか?

 

寺田 僕は毎日、朝の9時から夕方の5時まで勉強をし、ISMでの勤務の後2時間ほど勉強をするという生活を送っています。今は河合塾KALSという医学部編入用のプログラムを受講していて、そこで行われる到達度テストではあと少しで合格点に達するところまできており、受験勉強は順調です。ISMでの勤務は勉強を圧迫するどころかメリハリを与えてくれます。また、普段も受験生と接することで刺激をもらうことも多くあるので、僕としては非常にありがたく感じています。一方で子どもたちと接していると、コロナ禍のために自分のことを考える時間が多くなり考えすぎてしまっている子どもが増えているように感じます。学習のスケジュールが圧迫されていることもあり、自信のないネガティブな感情を持っている子どもがたくさんいるように思います。そういう子どもたちに対して、僕に何ができるのかということをこの1年間いつも考えてきました。考えながら色々とやってきましたが、まだ正解が何なのかは分かりません。ただ、僕にできることは、そんな子どもたちに少しでも前を向いてもらえるように力を尽くすことだと思います。

 

松島 それは本当にありがたく思います。受験生は、特に今年の受験生は想定外の事態に見舞われて視野が狭くなっています。時間に追われ、目の前のことをこなすことだけに精一杯になり、自分の欠点ばかりが目についてしまっている子どもたちが多くなっているように思います。そんな時に寺田君の言葉や振る舞いは、彼らに勇気を与えてくれていると信じています。

 

寺田 僕が子どもたちと出会ってからまだ1年ほどしか経っていません。そんな新参者の僕が彼らに厳しい言葉で叱咤激励しても心に届くはずがありません。厳しい言葉が心に届くのは、揺るぎない信頼関係があるときだけですから。だから僕は、一人ひとりの良い部分を見つけて、それを褒めて、その大切さに気づいてもらうような言葉をかけるようにしています。僕が目標とする人の一人に多田野さんという方がいます。多田野さんは元メジャーリーガーで、現在は日本ハムファイターズのプロスカウトをやられている方ですが、僕が独立リーグ時代に投手コーチとしてご指導をいただきました。その時にうけた「一切を否定せず、無条件で肯定する指導」に感銘を受けました。目標を持つことはとても大切なことですが、いつもそこからの距離ばかりを気にして、そこに近づいていることに対する正当な評価ができていない子どもたちが多いように感じます。自分のやり方を全面的に受け止めてもらえると自信も出てくるし、それでうまくいかなかったときには自分で考えるようになります。だから僕は、彼らができたことに対する正当な評価をしてあげたいと思います。そうすれば必ず、彼らは自分で考え、自分で動き出します。

 

誰一人として取り残したくない。それが僕の使命。ISMの使命だと思います。

松島 寺田君は高校を卒業してから2年ほど三重県にいましたが、それからは三重県を出て茨城、金沢、横浜と家族とも離れて一人で勝負の世界で戦ってきました。そして今、再び三重に、故郷の伊勢に戻ってきました。外から見て伊勢という土地やそこに暮らす人々は寺田君の目にどのように映りましたか。また、なぜこの伊勢の地で人生の再スタートを切ろうと考えたのですか?

 

寺田 おっしゃられるように、僕は筑波大学に進学した20歳のときからずっと外で戦い続けてきました。その間いろいろな土地でたくさんの方々と出会い、その方々に支えられながらプロ野球選手になるという夢を叶えることができました。僕がここまでやってこられたのは、そういった出会いがあったからだと思います。だから、一人ではあったけれどひとりぼっちではなかったと思います。そんな中、故郷の伊勢のことを考えない日はありませんでした。外に出て一番初めに感じたのは、伊勢の人々の温かさと同時に、外の世界の広さです。外に出てみて初めて、自分が考えていた世界よりもはるかに大きな世界があることを思い知らされました。夢を叶えるにしても、そのやり方はたくさんあります。たとえまっすぐに夢に向かう道が閉ざされたとしても、そこにたどり着く方法はたくさんあります。今、僕は子どもたちと向き合いながらそういう可能性を彼らに伝え続けています。僕は、生まれ育った伊勢に恩返しがしたいという思いでここに戻ってきました。将来医師になって伊勢の人たちのお役に立ちたいと考えています。そういう意味で、今ISMでやっている仕事も自分の描く未来につながっていると感じています。だからこそ目の前にいるISMの子どもたちの誰一人として取り残したくありません。それが今の僕に与えられた使命です。ISMで育った僕が感じるISMの使命だと思います。

 

 

松島 今日は本当にありがとうございました。とても有意義な時間を過ごさせてもらいました。中学生の頃から変わらない寺田君の純粋さと、さまざまな経験をしてきたからこそ得られた逞しさの両方を感じることができました。私たちISMは寺田君のように本気の人を応援し続けたいと考えています。今の自分に満足できず夢を探している人、夢の実現のためにもがいている人たちの力になりたいと考えています。私たちISMはこれからもずっと、そういう本気の挑戦を応援し続けます。

 

 

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