進学塾ism

お知らせ/コラム

講師ブログ

小中部の世古です。
今年度もどうぞよろしくお願いいたします
 今回は、先日ふと読んだ新聞の記事を紹介します。私はその記事に強く感銘を受け、久しぶりに熱い気持ちが心から流れ落ちてきました
 
内容はこうです。
『コンビニで60歳前後の男性客が、酔ってアルバイト店員に文句をつけている。「おれは国立大学を出て、会社でも出世した。お前は何なんだ。」と一方的な説教。店員はだまってレジを打ち、最後にこう言った。「おれ、全然悔しくないっすから。」と。』
 この出来事を記者はこう思ったという。『不景気、就職の難しさ。この世代にはこの世代の苦悩と事情がある。悔しくないと言った青年の裏側の悔しさはいかばかりだったか。立身出世がすべてではないが、客として来店した誰かがあなたの仕事ぶりに感動し、うちに来いというかもしれない。いや、そんなことはまずない。それでも可能性はある。時代を嘆き、ふてくされているよりは可能性は大きい。続ける。努力する。そこに道ができる。』
 確かに、この男性客は苦労して苦労して今の地位を得たのでしょう。だから、自分はこんなに苦労しているのにと、今の風潮に嘆き憂えて憤りたくなったのでしょうが、記者が言うように、人それぞれに立場や環境が違うのだから、誰にも他人の人生を批判する権利はない。時代が違ったらなおさらです。
誰かと比べることは決して悪いことではないけれど、それは自分を高めるためのことであり、他人を批判するためではない。
男性客の情けなさと、店員の裏側の悔しさ。考えさせられました
 どうかこの記事を店員が読んでいますようにと心から思います
 先日、イズムでもこんなことがありました。
ある生徒が自分より成績が良い子に馬鹿にされたというのです。悔しい思いをしたその子はこう言いました。『馬鹿にされたからって、私は絶対にその人を馬鹿にしたりはしない。でも絶対に負けたくない。もっともっと頑張って勉強して絶対に勝ってやる!』と。
すばらしい精神だと思いますきっと、この生徒はこれを機に人間的にまたさらに進化することでしょう。
 悔しさ、悲しさ、憤り、それらの感情は、進化や成長の種です。これらの感情を抱くことが多い人ほど、チャンスが多いということです。そう考えることで、この生徒の心が少しでも落ち着いてくれたらいいのですが
 記事に登場した店員もそうですが、ISMで子どもたちを見ていると、怒り、悔しさ、悲しさを外に出すことを恥ずかしいことだと考え、我慢して我慢してストレスを抱えている人が多いように感じます。そして、最後に「あきらめ」という無理やりな認識のもと、その感情はずっと心にくすぶって残ってしまう。
 
 私達が感じるあらゆる感情は自然なものです。問題なのは、その感情があることではなく、感情の表現方法によっては、人を傷つけてしまったり、また自分を傷つけてしまったりしたということなのです。
自分があらゆる感情を感じることを、少し自分に許してあげてください。そして、うまく解放して楽になってください。
 効果的な方法は、やはり誰かに聞いてもらうことです。
人にその感情を共感してもらえたり理解してもらうことでずいぶんと楽になり、穏やかな気持ちに戻れるものです。そして、もう一度再生して、進化や幸せを手にできるのです。
 よろしければ、私が何でも聞きます。喋りに来てください
 私は今回の出来事でまたハッとさせられ、とても熱い気持ちになりました
 AKBの総選挙のときの指原莉乃さんのコメントにも熱くなったな~
『負けるな!がんばれ~』と心で叫びました

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