子供たちの発する声、保護者の抱える少しの悩み、その一つ一つを理解し、大切にする。
2021年の春、ある者はISMの集団授業の姿勢に魅力を感じ、ある者はISMの個別指導のあり方に感銘を受け、そしてある者は自らが学んだ学び舎で後輩である子どもたちにISMの精神を伝えたく、新しい力として進学塾ISMの一員に加わった。この1年の間にたくさんの生徒やたくさんの保護者と向き合うことで、彼らは何を見て、何を聞き、何を感じてきたのか。
集団授業こそ、「ひとり」に目を向ける。これこそがISMの授業の神髄です。
皆さんがISMの講師として出発してから1年が経とうとしています。この1年間でさまざまな経験をされたことだと思いますが、率直に今どのように感じていますか?
東山私は小学生の頃から大学入学までずっとISMに通いつづけた生粋のISMっ子でした。大学卒業後いくつかの職業を経験し、縁あって再びISMに帰ってくることになりました。戻って来てまず感じたのは、ISMに流れる空気が私の塾生の頃と何ら変わらない温かいままであったことです。だからこそこの1年は、まず自分自身がもう一度その空気をいっぱい吸収して、その全てを目の前の子どもたちに伝えつづけてきました。そして今は、自分の力でそれをもっと温かく、熱くできるように日々子どもたちや保護者と向かい合っていきたいと思っています。
生川私がISMに来て驚いたのは、ISMの講師たちの子どもたちへの情熱の深さと保護者への気配りの細やかさです。学生時代、個別指導塾の講師をしていましたが、ここまでの人たちを見たことはありません。この場所で私に何ができるのかを考え、まずはISMに通う子どもたちが授業のある日を楽しみにしてもらえるような授業づくりに努めてきました。毎回の授業で一番大切なポイントで必ず「笑い」を起こし、それが記憶の定着につながるように工夫を凝らしてきました。今後もそこにさらなる磨きをかけていきたいと思います。
中川私もISMに来る前に個別指導塾で講師をしていましたが、集団授業での指導をやりたいとの思いでISMの一員に加えていただきました。ひとつの授業のために入念な準備をし、授業ではたとえ話などを交えながら楽しい空気をつくり出し、最後にポイントを絞り込むということを実践してきました。しかし現実は甘くありませんでした。どんなに理想的な授業をしても、全員を理解させることはとても難しいと思い知りました。そんなとき周りの先輩方を見て感じたのは、集団授業だからこそ、一人ひとりに目を向けることの大切さです。授業内でも授業外でも「ひとり」を見つめる姿勢、自分の授業を理解させる前に子どもたち自身を理解することこそがISMの授業の神髄だと思います。これからもその気づきを大切にしていきたいと思っています。
ISMの個別指導は個別対応ではありません。目の前の「ひとり」に向けた個人授業です。
皆さんはこれまでに個別指導の講師を経験していますが、他とはちがうISMの個別指導の特長は何だと感じていますか?
東山私は通常ISMでは個別指導を担当していますが、自分自身が塾生であったときは集団授業の指導しか受けたことがありません。そしてその集団授業の魅力を十分に感じてきました。だからこそISMの個別指導ではその魅力を反映させるようにしています。たとえば、個別指導では黒板を用いません。しかし、黒板があることで講師が説明しているときの子どもたちが見るべき場所が定まり、集中力が維持されます。実は個別指導こそ集中力の維持が難しいのです。そこでISMの個別指導では、指導用紙を黒板に見立てて、重要度に応じて使用する文字の色分けもしながら説明をし、生徒の視点を定めます。また説明時には、声の強弱のタイミングを工夫し、身振り手振りを大きくして子どもたちの集中力を維持するようにしています。指導を受ける生徒の目線に立った指導こそが、ISMの個別指導の特長だと思います。
寺田そう言っていただけるととても嬉しいです。でも、僕は先生のやられていることを見て、ただそれを真似ただけです。ISMで勤務を始めた当初、「先生がいれば僕は必要ないんじゃないか?」と思いました。初めは何をどのようにするべきかわからず、とにかく見様見真似でやってみて、それで少しずつ生徒たちとの信頼関係が築けるようになり、そこからやっと自分の役割のようなものが見えてきました。どうしてもできてしまう先生方と生徒とのほんの少しの隙間、もしかしたらそれを埋めることが自分の役割じゃないかと思い、先生方と生徒たちをつなぐ行動をとるようになりました。
生川私はこれまでにも個別指導を経験してきましたが、その指導は生徒が苦手な教科や分からないところを聞いてそれに個別的に答えるといったものでした。しかし、ISMの個別指導は塾がしっかりとしたカリキュラムにもとづいて授業を進めていくもので、決して単なる個別対応ではありません。個別指導というより、目の前の「ひとり」に向けた個人授業です。だからこそISMの個別指導担当全員が、自分の授業の善し悪しこそが担当する生徒の成績や入試結果に直結するという責任感を持ち合わせています。その思いの強さは他にはないものだと思います。
中川私も以前に個別指導を経験してきました。その私から見ても、東山さんの言われた指導用紙へのこだわりは他に例を見ないものだと感じています。このことは集団授業にも通じることで、 ISMの集団授業でも板書へのこだわりは非常に強く、子どもたちが家に帰ってそれを見返しただけでその日の授業がよみがえるものにするべきとの信条があります。板書も子どもたちのもの、すべては子どもたちのためになのです。
「信用」を「信頼」に変えること。そのためのHeart Communicationです。
それでは最後に、これから皆さんはどのような講師になり、そしてISMをどのような場所にしたいと思っていますか?
生川個人としては、私がいるからISMには行きたいと子どもたちが思ってくれるような人間になりたいと思います。そしてISMを東山さんのように、たくさんの子どもたちが成長したときに帰ってこられる場所、居場所にしていきたいと思っています。そうしてISMの文化がつながっていけば良いと感じています。
中川私は個性的なISMの講師の中でも特に個性の強い方だと思います。子どもたちから変な人と思われているのかもしれません。それでもかまわないと思っています。どのように映ろうが、とにかく子どもたちの役に立ちたいと思っています。そして、少しでも多くの人にISMに興味をもってもらい、ここで実践されていることを知ってもらいたいと思います。
東山私は今までもそうでしたが、これからも子どもたちのどんなに小さな声も聞き逃さず、保護者のどんなに少しの悩みも見逃すことなく、そのひとつひとつの意味を理解し、大切にしていきたいと思います。それこそがISMの大切にするHeart Communicationです。それが「信用」をうみ、その積み重ねが「信頼」へとつながるのだと信じています。多くの方々から「信頼」される場所になることこそがこれからのISMの向かうべきところだと考えています。
本日はありがとうございました。これからの皆さんの成長、その皆さんとともに成長する子どもたちの未来に期待します。そしてISMが一人でも多くの人たちから信頼される場所になることを期待しています。