講師ブログ
2023年9月12日
わたくしという現象
こんにちは,高校数学担当の森蔭です。
2学期が始業して2週間が経ちました。ふと気がつくと、ISMの校舎を後にする夜には道路わきの植え込みから虫の声が聞こえます。季節はゆっくりと着実に進んでいるのですね。
「今年の夏休みは、あっという間だった。」そういう声を多くの人たちから耳にします。私の実感も同じで、この夏はここ数年にないほど慌ただしく過ぎ去っていったような気がします。その理由の一つとして考えられるのは、やはりコロナ禍の落ち着きなのかもしれません。もちろんコロナ禍は終息してはいませんが、我々人間はコロナという病原体とせめぎ合いながらもうまく付き合っていくようになりました。おかげで日常生活も以前のように戻りはじめて、コロナ禍でゆっくり流れていた時間がスピード感をもって進んでいるように感じられるのではないでしょうか。
そもそも今回のコロナ禍のパンデミックは、自然開発や過度なヒトやモノの往来というグローバリゼーションによって引き起こされたものです。科学の力で自然を制御しようとしたために大きな代償を払うことになったのにも関わらず、またしても人間はウィルスという自然をも科学の力で抑え込もうとしました。ここにきてやっと、それが本質的な解決にならないことに少しずつ気づき始めたのかも知れません。
ここ数日で、実力テスト、文化祭、模擬試験と立て続けに行事が押し寄せ、それにうまく乗り切れず表情に疲れの見える人たちをISMでも目にします。気分が乗らない、やる気が出ない、場合によってはそれが原因で体調に支障をきたす人もいます。一気にスピードアップした時間の流れや、一気に近くなった人との距離に心も体も対応できていないのだと思います。でも、自分だけが周りから置いて行かれているのだと悲観しないでください。慌てる必要はありません。あなた方はあなた方のままでいいのです。以前の日常が異常であったことを私たち人間は学んだのですから。
「すべての秩序あるものは、その秩序が崩壊する方向にしか動かない。」というエントロピー増大の法則という大原則にこの宇宙は支配されています。それでもなお我々生物は38億年もの間滅びることなく存続し続けてきました。生物学者の福岡伸一さんは、その著書『動的平衡』の中で次のように述べています。「生物の存続を脅かす最大の脅威は外部からの侵入ではなく、内部にたまるエントロピー(破壊のエネルギー)である。それを防ぐためにすべての生命は自らを恒常的に壊し続け、中身を少しずつ入れ替えていく。大切なのは壊される前に壊すことである。」
周りと同じように大原則に従って生活することが常に正しい選択であるとは限りません。恐れるべきは外部からの圧力ではなく、自分の内部にたまる負のエネルギーです。自らを縛る古いしがらみを壊して生き延びる(前へ進む)という選択肢もありうるのではないでしょうか。福岡さんは次のようにも述べています。「あらゆる生命には遺伝子が一つ欠けても周りがそれを補い、異常が起きないようにする(新たな平衡を立ち上げる)相補的な仕組みが備わっている。」何かが欠けていても大丈夫です。あなた方自身にはあなた方が思う以上に強い生命力が備わっているのです。
20世紀には利己的遺伝子論(遺伝子は個体を守ることを優先する)が一世を風靡しましたが、現在ではそれは一面的な見方だと批判を受けるようになりました。生物は様々なものを環境から受け取りつつも、様々なものを環境に受け渡します。すなわち遺伝子にはそもそも「他者の存在を考える」という利他的な情報が記述されているのです。無理に周りに合わせようとする必要はありません。あなた方がそこに存ることこそが周りのためになり、環境を進化させるのです。
私の好きな宮沢賢治の詩集『春と修羅』の一節を贈ります。
わたくしという現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
風景やみんなといっしょに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です